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新100選悪から護られる
この世は悪の支配下にあります。 悪とは殺人や強盗をすることではありません。 善をさせない「力」 善を根こそぎ奪い取る「力」です。 人の魂と心の間に「悪」が入ります。 すると、悪が魔となります。 「悪魔」は人格をもった生き物です。 人は悪を哲学や文学の理念・概念としか受け止めませんから、実態を見抜けません。 -
新100選「時」にかなったコトバ
よく聞いてあげることはよく理解してやること、 よく理解できる言葉は「時」にかなったコトバとなります。 ちょうどよい時に、良いコトバを語れることはすばらしいことです。 迷っている・悩んでいる・タメラッテいるときに、 必要に応じてアドバイスできることは、まさに「黄金のコトバ」です。 しかし、言葉は突然に語られるものではありません。 -
100選今日一日の過ごしかた
さあ一日が始まります。 今日の計画・目標は十分にたてましたか。 まず何にもまして心すべきことは、昨日 […] -
新100選悲しむ者はさいわいです
――悲しんでいるあなたはさいわいです。 なぜなら、あなたは慰められるからです。 人は順境にある間は何年たっても物事の表面しか知ることができません。 しかし悲しみに遇うとき、人は深いものを探りだし悲しみを 正しい態度でうけとり、新しい力と生きる勇気とが与えられます。 悲しみは私たちに二つのことを教えてくれます。 -
100選嫌い細胞があなたをさばく
あなたのなかに 「嫌い細胞」 があるのを知っていますか。 イヤな相手を前にするとこの脳細胞が活発な働きをはじめだします。 人間関係とはその相手との間に何を置くかということです。 嫌いな人もいれば好きな人もいる。 そしてこの関係は好きになれば好かれる、嫌いになれば嫌われる、 まさに「物理法則」と同じです。 -
100選「時間」と「運命」
一日は1440分、1週間は、168時間、社長も社員も大人も子供も、この「時間」に関してはみんな平等です。 時間に運・不運などありません。 不運な人生とはあなたが時間を不運に使ってきたからです。 不平・不満・愚痴が幸いな「運」をつくれなくしているのです。 したがって「時間」は注意深く予定され、計画され消費されなくてはなりません。 予定されない時間は悔恨となり、計画されない時間は失望をもたらすのみです。 運命は与えられるものではなく、自分でつくりだすものです。 -
100選「貪欲」をなめらかに
川の流れの中で、小石は押し合い・ぶつかりあう中で、 その荒い角が取り去られ、丸みを帯びていきます。 人間関係・仕事関係も然りです。困難・苦難・艱難は、 私たちのトガった個性・自我の「角」を柔らげます。 自分本位の「自我」や相手をさばく目や口、 人の悪口しか聞こうとしない耳など、 流れの中でなめらかな小石のごとくに変えられていきます。 しかし、いつまでたってもナメラカにならない人もいます。 -
新100選成功者ではなく勝利者に
この世は罪の誘惑があるから災いである。 罪の誘惑は必ずくる。だから、それをきたらせる人は、わざわいをうける 生きることは、誘惑と試練のあざなえる縄のようなものです。 ヒトは大きな試練には身構えますが、小さな誘惑にはつい気を許すものです。 そして、小さな罪のかさなりが、知らずしらずし重荷となって、身を滅ぼしていきます。 -
新100選不平・不満は子供の証拠
「あんな人とつきあうのはもう真っ平」―― 愚痴は魂が腐り、心が病になることです。 「こんな生活はもう嫌だ」―― 不平は平安が逃げて行くことであり、不満は心がヤミになることです。 愚痴・不平・不満の表明は「弱虫」の表明であり、弱さは「甘え」であり小児症状です。 不平・不満・不完全さが積み重なり「小児症候群」となっていきます。 -
100選今日の苦労はその日だけで十分
今日も元気がありませんね。 元気は喜びが「基」となっているものです。 仕事の喜び・生活の喜び・人生の […] -
新100選悪欲から抜けられないとき
肉欲・情欲・邪欲は修行をしたり、からだの訓練によって 情念を捨て去ろうとしても、消え去るものではあり […] -
100選不幸の扉を開けないこと
金が欲しければカネの扉を開くことです。 欲求だけが先走って、扉に至る道筋を見定めないから、いつまでも失望の連続です。 扉の中にはカネの真理が隠されています。 真理を導き出すには「原理」が必要です。 つまり、ドアを開くカギです。 それには、ビジネス原理・金銭原理・生活原理を整えることです。 原理とは「悪いことをしない」ということです。 -
新100選ほしいものは祈ること
「困ったときの神だのみ」は、人間の弱さ貧しさを言い表しています。 豊かなときには神は必要なく、貧しさの中にあるとき、 人は神を求めて泣き叫ぶものです。 これが、人間です。 祈りと願いとは違います。 願いは自分のもの・祈りは相手のものです。 相手の事を想うのが「祈」りです。 「願」と「祈」とは厳然と区別されなければなりません。 心にいます神が喜ばれるものが、祈りです。 「あなたは祈るとき自分の部屋に入り、戸を閉じて隠れた所においでになる、 あなたの神に祈りなさい。 すると、隠れた事を見ておられるあなたの神は、報いて下さるであろう」 いくらワメキ叫んでも、願は簡単にはききいれられません。 しかし、祈りは確実に応えられます。 -
新100選無愛を悲しむこと
人の愛は利害・打算・計算にその基をおいています。戦いや争いはその計算・計画が外れ、 自分の思いどうりの結果を、得ることができなかったことに、因を発する闘争です。 動物愛には計算がありません。悲しむべきことには、 人間の愛だけがその悪賢さを内に秘めています。 -
100選望みは手に入りましたか?
死のトゲは罪です。罪のトゲは欲望。 欲望というトゲのあるムチをうければ、だれでも傷を負うものです。 人の一生は、傷を負い荒野のなかをさまよい歩くようなものです。 希望が失望になり、失望が絶望になり、絶望が「無望」となってしまいます。 無望とは生きている屍の事。 -
新100選幸せ生活づくり
太陽は東から上がり西に沈む、水は高い所から低い所に流れる。 人は自分の顔を見る事ができない――これが真理であり法則です。 真理が原理となり、原理が原則・規則となっていく、 この一連の体系を法則といいます。 人の知恵・知識・知力ではどうにもできないのが「ほうそく」なのです。 -
100選思いわずらいは「悪」
理性・知性を内蔵しているヒトの大脳皮質も、大いなる誤算をしたものです。 それは、人の魂が「想いわずらう」という事です。 ノイローゼがその最たる症候群です。 未定の予測を全て悲劇的に考える――人間関係・仕事関係・金銭関係等のマイナス要因しか計算しません。 -
100選よく見える眼・みえない目
モノとカネにかぎらず全ての事において喜んで与える人は、 悪いところがあっても人に愛されます。 しかし、ケチな人はどんなに良いところがあっても嫌われるものです。 心が澄んでいないからです。 いつも、他人の成功をうらやみ・人の幸福をねたみ・ 相手の求めに心を閉じる…… -
新100選儚い(はかない)虚しいあなた
何をしても虚しい、何を考えても儚い、 生きることに「力」が入らないと嘆くあなた、 喜びがあなたに宿っていないからです。 喜びは力です。 その力は気から湧いてきます。 つまり「気力」です。 では「気」はどこから? 肉の力ではないことだけは、確かです。 つまり、心の力です。 肉には喜ぶ力がありません。 -
案内心を強くするメッセージ
「朝礼・365日」のご案内こころを強くする「日替わりメッセージ」 この「メッセージ」はあなたが別の「あなた」になるお手伝いです。「こころのマーケティング」作った「モノ」を売るのが「セールス」、売れるモノをつくるのが「マーケテイング」。つまりよき「商品づくり」はよき「こころづくり」が必要だ、ということです。そうです「こころのマーケティング」です。 -
100選思い煩わないこと
気が病めば「からだ」も病みます。 ストレスが胃に穴をあけるのも生理学の定説です。 例えば、持たない人は「持ちたい」ことを願う、 持っている人は「失なう」ことを怖れ夜もおちおち眠れない。 双方ともに心の平安がないからです。 平安とはゆだねること、人にゆだねるのではありません。 人間関係のもつれで迷いは一層深みにはまります。 「人間関係以外のもの」に心をゆだねることです。 平安は地にはありません。