彼は高慢であって、何も知らず、ただ論議と言葉の争いとに
病みついている者である。そこから、ねたみ、争い、そしり、さいぎの
心が生じ、また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、
はてしのないいがみ合いが起るのである。 しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。
新約聖書 テモテへの第一の手紙 6:4-6
「知性が腐って真理にそむく」
あなたが信奉している理性・知性などは
本能の嵐の前にはまことにもろいものです。
本能は真理に逆らうものです。
してはいけない事の取り決めの究極に真理はあります。
したがって、真理は理性・知性ではとらえられないものです。
とらえた、と錯覚するところに腐れ現象が広がりはじめます。
自分だけが絶対正しいとする知性論者が
魂の崩壊現象を起こすのも当然です。
いらいら・不安の種はどこにでも転がっています。
映画館・公演会での隣人のおしゃべりを注意をすると争いが起きます。
解決策は一つ、その対象(映画・公演)に心をとめ、深く入りこむこと
その他の雑音に心を奪われないこと。
「言葉の争いに病みついている者」
その争いは動物本能であり、人間もその本性が遺伝子に組み込まれています。
それは魂の「自我」です。
「足ることを知る」
それは真理を受け入れる心の「柔軟さ」です。
心の柔軟さ・魂の自我…どちらがどれだけ大きいか、それが問題なのです。
私たちは上辺だけの知性と高慢さを捨て、争わず、常に謙虚に自分の心を見つめて
横道に逸れぬよう歯止めをかけていかなければなりません。
その中でも自分の心の中の、罪悪感、怒り、貪欲、嫉妬の4つの感情には特に気を付けましょう。
罪悪感…何者かに対する負い目から来る感情です。素直にその負い目と向き合い
その対象に告白・謝罪し、罪悪感から心を解放しましょう。
怒 り…何者かに対しての被害意識から来る感情です。その対象を許し被害意識を
忘れ去り、怒りから心を解放しましょう。
貪 欲…自分の欲求に対して、足ることを知らぬ感情です。その欲求を手放し
逆に「与える」ことを自分に課して、貪欲から心を解放しましょう。
嫉 妬…他人の成功を呪い自分と対比する感情です。逆に「祝福」と「賛辞」
の気持ちを心から素直に表し、嫉妬から心を解放しましょう。
上の4つの感情のように、私たちの心の中で、どんな危険信号が出ているのか
常に察知して、上手くコントロール出来るようになると、あなたの理性・知性は
完成されたものとなり、真理へと少しずつ結びついて行くでしょう…